「殺意の波動」。名前だけは聞いたことがある、という人は多いかもしれません。ただ、それが何なのかをきちんと説明できる人は、そう多くない。
そしてこの力に、シリーズの顔であるリュウが一度飲み込まれています。目は赤く光り、道着は黒く染まり、「戦うこと」が「殺し合うこと」に変わった。あの姿を、あなたも見たことがあるかもしれません。
では、リュウはその闇をどうやって消したのか。
――消していません。受け入れたんです。
孤児だった少年が、帝王の胸に傷を刻み、自分の中の闇に飲まれ、最後にはそれごと抱えて先へ進むまで。リュウという男の物語を、順番に追いかけていきます。

殺意の波動とは何か──暗殺拳が抱えこんだ、制御できない力
リュウとケンが習った拳法には、もうひとつの顔があります。それが暗殺拳。相手を倒すことに特化した、本来は人を殺すための技術です。
この暗殺拳の伝承者に宿るのが「殺意の波動」。殺意そのものを力に変えるもの、と考えていい。ただし扱いきれる代物ではありませんでした。伝承者の中には、この力の暴走に飲まれて命を落とした者が少なくありません。
その中で、制御に成功した人物が二人います。豪鬼と、リュウたちの師である剛拳。しかもこの二人は兄弟で、兄が剛拳、弟が豪鬼です。同じ血を引き、同じ力を前にして、兄は封じ、弟は極めた。この差が、そのままリュウの前に置かれた分かれ道になります。
そしてリュウもまた、この力を内側に秘めていました。習ったわけでも、望んだわけでもなく、最初から持っていたのです。
拾われた少年と、兄弟弟子──リュウとケンが育った場所
リュウは孤児でした。身寄りのない少年を拾い、育てたのが剛拳です。
同じ道場には、もう一人の弟子がいました。ケン。二人は兄弟弟子として、波動拳・昇龍拳・竜巻旋風脚を叩き込まれて育ちます。
面白いのは、同じ師から同じ技を習ったのに、向かう先が最初から違っていたことです。ケンは勝つことに燃えるタイプ。リュウは「強さとは何か」を考え込むタイプ。
強さを問い続ける姿勢は、リュウという格闘家の芯です。ただ、その問いは彼を自分の内側へ向かわせる問いでもありました。同じものを習った二人のうち、闇に近づいたのは、考えるほうの男だった。
帝王の胸に残った傷──初代大会が生んだ、終わらない因縁
シリーズ一作目『ストリートファイター』。ここでリュウの前に立ちはだかったのが、ムエタイの帝王サガットでした。

結果はリュウの勝利。決め手は昇龍拳です。そしてこの一撃が、サガットの胸に大きな傷を残しました。
ここでのリュウの反応が、彼らしさを物語っています。世界一の称号を手にしながら、嬉しそうな素振りも見せず、すぐに姿を消した。勝ったことより、次に何を確かめるかのほうが大事だったのでしょう。
一方、敗れたサガットにとって、この傷は消えない印になりました。復讐を誓い、そして皮肉なことに、自分を倒した昇龍拳をヒントにタイガーブロウを編み出します。憎んだ技から学んだ、ということです。リュウが置いて行った一勝の前に、サガットはずっと立ち止まったままでした。
黒く染まるリュウ──「殺意リュウ」はこうして生まれた
リュウが闇に飲まれた姿が初めて形になったのは、『ストZERO2』の海外版『ALPHA2』でした。隠しキャラとして登場し、のちに国内版『ZERO2ALPHA』へ逆輸入されています。
見た目からして別人です。目は赤く光り、道着は黒く染まる。変わるのは外見だけではありません。性格も言動も変わり、「戦い」が「殺し合い」に置き換わる。相手を倒すためではなく、殺すために拳を振るう存在になります。
そして『ストZERO3』では、この姿が物語の中で使われます。仕掛けたのはベガ。強大なサイコパワーを操る男です。
その狙いが、なかなか不気味でした。当時のベガは、膨れ上がった自分のサイコパワーに肉体のほうが耐えられなくなってきていた。そこで目を付けたのが、殺意の波動を宿すリュウの体です。乗り換え先の器として欲しかったのです。
そのためにベガは、サイコパワーでリュウの殺意の波動を強制的に引きずり出しました。自分から堕ちたのではなく、こじ開けられた。しかも相手の目的は、リュウを闇に堕とすことですらなく、体を奪うための下ごしらえ。自分さえ律していれば大丈夫だという前提が、この時点で崩れています。
そしてこの時期、ベガはもう一人に手を伸ばしています。兄弟弟子のケンです。リュウに置いて行かれることへの恐れを見抜かれ、サイコパワーで偽りの強さを与えられたケンは、リュウの前に立ちはだかりました。同じ道場で育った相手と、こういう形で向き合わされました。
リュウとケンの関係とは?赤い鉢巻の由来と、全部を失った男の物語
待っている男──豪鬼がリュウに求めていたもの
ここで、リュウの物語にずっと影を落としている男を挟ませてください。豪鬼です。

先ほど触れたとおり、豪鬼は剛拳の弟。リュウから見れば、師の弟にあたる存在です。同じ拳を受け継ぎながら、兄が殺意の波動を封じる道を選んだのに対し、弟はそれを極める道を選びました。
そして豪鬼は、その兄を倒しています。リュウとケンにとっては、師を奪った相手だということです。
もっとも、剛拳は死んでいませんでした。十数年ものあいだ仮死状態のまま生きのび、『ストリートファイターIV』で再会を果たします。本人の弁は「意識回復に時間が掛かったため、死んだと思われても仕方なかった」。生き返ったのではなく、最初から生きていた。
そして復活した剛拳は、『ストIV』のエンディングでリュウの殺意の波動を封じています。リュウが豪鬼と戦い、その拍子に闇へ目覚めてしまうことを危惧しての先回りでした。そのうえで剛拳自身が、豪鬼の前に立っています。いなくなったと思われていた師が、見えないところで弟子を守る側に回っていた。
とはいえ、リュウが長いあいだ師を失った者として歩いてきた事実は変わりません。豪鬼はその原因を作った男であり、そのうえで――
その豪鬼が、リュウを見ています。理由ははっきりしていて、リュウの中に自分と同じ素質を見つけたから。豪鬼が望んでいるのは、リュウに殺意の波動を目覚めさせ、その上で死合いをすることです。
だから豪鬼は、襲いかかってくる敵とは少し違います。倒しに来るのではなく、リュウが堕ちてくるのを待っている。
豪鬼がなぜこの道を選んだのか、師と兄に何をしたのかは、豪鬼の側から見たほうがはっきりします。豪鬼とリュウの関係とは?師を殺し兄を倒した男の物語
ベガはリュウを道具として使おうとしました。豪鬼はリュウを対等の相手に仕上げようとしている。動機はまるで違うのに、二人ともリュウを同じ方向へ押している。闇のほうへ、です。
消すのではなく、受け入れる──無の波動が目覚めた日
物語が大きく動くのが『ストリートファイターV』です。
ここでリュウの前に現れるのがネカリ。強き者の魂を喰らう古代の戦士で、倒されたり立ち去ったりするときには泥のように溶けて消えます。人間同士の勝負とは、そもそも毛色が違う相手です。
そのネカリが、リュウを執拗に付け狙います。裏を返せば、ネカリに狙われること自体が強者の証でもある。
リュウはネカリと二度戦いました。答えが出たのは、その二度目です。
ここでリュウが出した答えが、この物語の核心になります。彼は殺意の波動を消そうとしませんでした。自分の力のひとつとして受け入れたのです。
その結果として覚醒したのが「無の波動」。切り離して捨てるのではなく、抱えこんだ上で静めた先にある力です。長いあいだリュウが探していた境地が、ここでようやく形になりました。
そしてこの力で、ネカリ、ベガ、そして豪鬼との決着をつけていきます。待っていた男に、ようやく答えを持っていった。
分かれた半身──影ナル者は、なぜ生まれて、なぜ消えたのか
ここでひとつ、引っかかることが出てきます。受け入れて自分の力にしたはずなのに、どうしてそれが外に出ていくのか。
鍵は、殺意の波動が「力」だけではなかったことです。それはリュウの心身を支配しようとする意志でもありました。ずっとリュウを内側から飲み込もうとしていた側です。
リュウはその力を受け入れました。ただし、あくまで自分の力のひとつとしてです。主導権は渡していない。となると、支配を求めていた「精神」の部分には、もう座る場所が残っていません。
行き場を失ったそれはリュウから離れ、自我と肉体を持ちます。生まれたのが影ナル者です。
姿を知るとぞっとします。顔かたちはリュウとまったく同じ。ただし道着は青く、人間のものとは思えない牙と青白い角が生えている。トレードマークの赤い鉢巻はボロボロになって首に掛かり、肉体はところどころ剥がれ、その隙間から殺意の波動が光となって漏れ出している。
そして影ナル者は、次の宿主を探しに動き出します。
向かった先のひとりがサガットでした。あの帝王は、このころ自分の中で殺意の波動が目覚めかけ、それに抗っていたのです。リュウに敗れた日の憎しみが、長い年月をかけて、そこまで来ていた。影ナル者はその隙を突くように現れ、力を受け入れるよう促します。
豪鬼のもとにも、同じように現れました。
ところが決着は、拳ではつきませんでした。リュウは影ナル者に向かって、こう言い放ちます。
「在りたければ在るがいい」
「去りたければ去るがいい」
倒すでもなく、否定するでもなく、好きにしろ、と。
影ナル者はこの言葉を理解できませんでした。ありのままの自分を受け入れる、というリュウの考え方がどうしても飲み込めない。そのまま消滅します。戦うことしか知らない半身は、戦わないという答えの前で立ち尽くしました。
相克を超えて──『ストリートファイター6』のリュウ

時系列でいちばん新しいのが『ストリートファイター6』です。『III』の続きにあたる時間軸にあります。
公式のリュウ紹介には、こう書かれています。「殺意の波動」との相克を超え、更なる高みへと探求に向かっていると。
長かった問いに、ひとまずの答えが出たということです。目覚めさせられ、こじ開けられ、受け入れ、そして切り離した。その全部を通り抜けた先に、いまのリュウが立っています。
見た目も変わりました。口の周りには濃い髭。晒巻に雪駄、袈裟。放浪を続けてきた年月が、そのまま格好に出ています。
ワールドツアーモードには、ベガについて語る場面があります。
「邪悪な心と力、それを除けば格闘家として最高峰の男だったよ」
因縁の相手を、格闘家として正当に評価している。憎しみで語らない。闇を通り抜けた人間の言い方です。
まとめ:問い続ける男の、まだ途中の物語
孤児として拾われ、帝王の胸に傷を刻み、自分の中の闇に飲まれ、こじ開けられ、最後にはそれごと引き受けた。リュウの歩みを並べていくと、ずっと同じことをしているのがわかります。
「強さとは何か」を、答えが出ないまま問い続けている。
殺意の波動は、その問いに対していちばん手っ取り早い答えでした。力が欲しいなら、受け取ればいい。豪鬼はそちらを選び、リュウは選ばなかった。かといって、無かったことにもしなかった。
抱えたまま前に出る。リュウが積み上げてきたのは、勝ち星ではなくその選択です。
出典・参考
- ストリートファイター6 公式サイト
- 殺意の波動に目覚めたリュウ – ピクシブ百科事典
- 影ナル者 – ピクシブ百科事典
- 剛拳 – ピクシブ百科事典
- 殺意の波動に目覚めたリュウ – ニコニコ大百科
- 殺意の波動の化身!『ストリートファイターV』新キャラ「影ナル者」詳細公開 – Game*Spark
- ネカリ – ストリートファイターV 特設サイト(ファミ通.com)
- リュウ(ストリートファイター) – Wikipedia
- サガット – Wikipedia
- ベガ(ストリートファイター) – Wikipedia
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